NPR Live Concerts: Mogwai
友人のOmen君と道すがらMogwaiの音楽のことなどについて話した。帰宅した後メールをチェックしてみると、なんとタイムリーなことにNPRからMogwaiのライブ音源がアップデートされたというニュースレターが舞い込んでいた(イヤッホー!よいねー)。
■NPR - Mogwai
録音音質や録音状況の面に関して言えば、必ずしも最良の音源だとは言い難い。正直に言うと、いくつかの曲を聴いたときは(録音状態がイマイチすぎて)「やばい、モグワイに失望するかも。」と思ったが、聴き進んでいくうちにそんな懸念も吹き飛んだ。約1時間半にも渡るライブのすべてを録音したこの音源は十二分に聴く価値がある。僕を含め、Mogwaiの音楽に関心のある人は必聴だ。
セットリストは、"Summer"や"Christmas Steps"、"New Paths to Helicon 1"、" You don't Know Jesus"など、モグワイのライブではお馴染みの曲をまじえながら、主に新譜"Mr. Beast"の曲を中心に構成されていた。個人的な感想を書くと、新譜から演奏された曲の中で白眉と思われたのは、このライブの最後を飾る"We're No Here"という曲だった。CDで聴いていたときには、それほどまでに印象に残らなかった曲であったが、ライブ演奏を聴いて、改めてMogwaiのすさまじさを実感した。Mogwaiのライブといえば、"My Father My King"で幕を閉じることが多いのだが、この曲:"We're No Here"もそれに匹敵するくらいの迫力があった。これは嬉しい誤算(……何気にさらっと書いてしまったが、「匹敵する」は言い過ぎかも知れない。まぁ大体4分の3くらいは匹敵する。なんだそりゃー)。
とにかく、
やっぱ、Mogwaiはスゲーよ!!!
彼らが最初に発案したかどうかは知らないが、静寂と轟音という対比を用いた表現方法がもはや目新しくも感じられなくなった今も、やはりMogwaiは似たような表現方法をとるバンドの中で別格の輝きを放ち続けていると思う。その理由には、メロディラインの素晴らしさなど、モグワイの作る楽曲自体の持つ素晴らしさもある。しかし、一番の理由は、モグワイの奏でる轟音が、そんじょそこらの轟音とはわけが違うということだ。
そのことをわかりにくいけれど、魅力的な言葉で表現するとこうなる。
モグワイの轟音には、さらにその上をいく轟音がある。
*この言葉は、あるとき知人が言っているのを聞いた。
つまり――これから書くことは、その言葉を聞いて僕なりに考えたことだったり、今日のOmen君との会話からえたものであったりする――モグワイの場合、静寂から轟音へと展開し、もはやこれ以上の轟音はないだろうと思われるときにも、さらにその上を行く轟音がある。この体験、「もう既に音にまみれているのに、まだいくのか!?」という体験とそれに伴う高揚感は、モグワイの音楽が与えてくれる宝だと思う。
しかし、正確に言えば、それは「轟音」ではない。というのも、もうこれ以上のデカイ音はないだろうと思われるときに、モグワイはさらにデカイ音を出す、という意味で「モグワイには、轟音のさらに上をいく轟音がある。」と僕は言っているのではないからだ。より正確に言い直せば、彼らの場合、もうこれ以上、音色の変化や音の広がりは望めないだろう思われるようなときにも――言い換えれば、たっぷりとノイジーなギターに満たされ、それらの音がうねり、バンドの全体の音が高まっているときにも――さらに音色が変化し音が広がるのだ。だから、よく「モグワイの轟音はすごい!」というとき(その言葉は的外れなものだとは思わないし、僕も使っているが)、正確には、モグワイのメンバーの楽器やエフェクターに対する精通や、それらを巧みに扱う技量、さらには、モグワイと一体となって彼らの出音を調整するエンジニアの人たちの技術や知識を讃えているのではないかと思う。なにより、あれだけ音色をノイジーにうねらせながら、聴くに堪えないまでに音を潰してしまわない技量はすごいと思う。その辺の技量、またそれを支えるエンジニア陣(あるいは環境)の差が、モグワイと他の類似したバンドを分かっているのかもしれない。
そういうわけで、僕が思うに、静寂と轟音という対比を用いた表現方法は、モグワイの場合、まだまだ全然すたれていない。というか、彼らほどその方法を巧みに操り、独自の音の世界を展開してくれる人たちはいないのではないかと思う。
特にライブ音源を聴くと、その音の持つ迫力をダイレクトに感じることができる。むしろモグワイはCDを買いそろえるよりもこういうライブ音源を聴いた方が断然よいし、がっつりはまると思う。是非時間をみつけて聴いて欲しい。
聴き終わって思うのだが、もしその場(ライブ会場)にいて、この音を体感してしまったらどうなってしまうのだろうか。……きっと我を忘れて呆然としてしまうかも知れない。ああ、モグワイのライブが見たい。実を言うと、僕は実際にモグワイのライブを見たことはないのです(ブートならあるけど)。しかし、フジロックには行かないなぁ。マニもないけど、何より僕は人混みが苦手なのです。
まだ書き足らないこともあるが、これを読むことによって読み手の貴重な時間がさかれていると思うと、(そんなこと何とも思わないが)、今日はこれ以上書くのは止めようと思う。では、またの機会に。モナミ、モナミ。
05/12 2006. 追記。
昨日はなかったのですが、今日見るとこの音源、DL可能になってました(リポーターの人がそんなこと言ってましたが)。もちろん、僕は嬉々としてDLしました(^_^)
ああ、iPodが欲しい!持ってないからWinampで聴きますけど(イコライザいじってね)。
このLive Concert Series、DLできるときもあればできないときもあるのですが、なんだろう、フィードバックの多さとか、バンドとの兼ね合いで決まるのかな?なぞーん。
■NPR - Mogwai
録音音質や録音状況の面に関して言えば、必ずしも最良の音源だとは言い難い。正直に言うと、いくつかの曲を聴いたときは(録音状態がイマイチすぎて)「やばい、モグワイに失望するかも。」と思ったが、聴き進んでいくうちにそんな懸念も吹き飛んだ。約1時間半にも渡るライブのすべてを録音したこの音源は十二分に聴く価値がある。僕を含め、Mogwaiの音楽に関心のある人は必聴だ。
セットリストは、"Summer"や"Christmas Steps"、"New Paths to Helicon 1"、" You don't Know Jesus"など、モグワイのライブではお馴染みの曲をまじえながら、主に新譜"Mr. Beast"の曲を中心に構成されていた。個人的な感想を書くと、新譜から演奏された曲の中で白眉と思われたのは、このライブの最後を飾る"We're No Here"という曲だった。CDで聴いていたときには、それほどまでに印象に残らなかった曲であったが、ライブ演奏を聴いて、改めてMogwaiのすさまじさを実感した。Mogwaiのライブといえば、"My Father My King"で幕を閉じることが多いのだが、この曲:"We're No Here"もそれに匹敵するくらいの迫力があった。これは嬉しい誤算(……何気にさらっと書いてしまったが、「匹敵する」は言い過ぎかも知れない。まぁ大体4分の3くらいは匹敵する。なんだそりゃー)。
とにかく、
やっぱ、Mogwaiはスゲーよ!!!
彼らが最初に発案したかどうかは知らないが、静寂と轟音という対比を用いた表現方法がもはや目新しくも感じられなくなった今も、やはりMogwaiは似たような表現方法をとるバンドの中で別格の輝きを放ち続けていると思う。その理由には、メロディラインの素晴らしさなど、モグワイの作る楽曲自体の持つ素晴らしさもある。しかし、一番の理由は、モグワイの奏でる轟音が、そんじょそこらの轟音とはわけが違うということだ。
そのことをわかりにくいけれど、魅力的な言葉で表現するとこうなる。
モグワイの轟音には、さらにその上をいく轟音がある。
*この言葉は、あるとき知人が言っているのを聞いた。
つまり――これから書くことは、その言葉を聞いて僕なりに考えたことだったり、今日のOmen君との会話からえたものであったりする――モグワイの場合、静寂から轟音へと展開し、もはやこれ以上の轟音はないだろうと思われるときにも、さらにその上を行く轟音がある。この体験、「もう既に音にまみれているのに、まだいくのか!?」という体験とそれに伴う高揚感は、モグワイの音楽が与えてくれる宝だと思う。
しかし、正確に言えば、それは「轟音」ではない。というのも、もうこれ以上のデカイ音はないだろうと思われるときに、モグワイはさらにデカイ音を出す、という意味で「モグワイには、轟音のさらに上をいく轟音がある。」と僕は言っているのではないからだ。より正確に言い直せば、彼らの場合、もうこれ以上、音色の変化や音の広がりは望めないだろう思われるようなときにも――言い換えれば、たっぷりとノイジーなギターに満たされ、それらの音がうねり、バンドの全体の音が高まっているときにも――さらに音色が変化し音が広がるのだ。だから、よく「モグワイの轟音はすごい!」というとき(その言葉は的外れなものだとは思わないし、僕も使っているが)、正確には、モグワイのメンバーの楽器やエフェクターに対する精通や、それらを巧みに扱う技量、さらには、モグワイと一体となって彼らの出音を調整するエンジニアの人たちの技術や知識を讃えているのではないかと思う。なにより、あれだけ音色をノイジーにうねらせながら、聴くに堪えないまでに音を潰してしまわない技量はすごいと思う。その辺の技量、またそれを支えるエンジニア陣(あるいは環境)の差が、モグワイと他の類似したバンドを分かっているのかもしれない。
そういうわけで、僕が思うに、静寂と轟音という対比を用いた表現方法は、モグワイの場合、まだまだ全然すたれていない。というか、彼らほどその方法を巧みに操り、独自の音の世界を展開してくれる人たちはいないのではないかと思う。
特にライブ音源を聴くと、その音の持つ迫力をダイレクトに感じることができる。むしろモグワイはCDを買いそろえるよりもこういうライブ音源を聴いた方が断然よいし、がっつりはまると思う。是非時間をみつけて聴いて欲しい。
聴き終わって思うのだが、もしその場(ライブ会場)にいて、この音を体感してしまったらどうなってしまうのだろうか。……きっと我を忘れて呆然としてしまうかも知れない。ああ、モグワイのライブが見たい。実を言うと、僕は実際にモグワイのライブを見たことはないのです(ブートならあるけど)。しかし、フジロックには行かないなぁ。マニもないけど、何より僕は人混みが苦手なのです。
まだ書き足らないこともあるが、これを読むことによって読み手の貴重な時間がさかれていると思うと、(そんなこと何とも思わないが)、今日はこれ以上書くのは止めようと思う。では、またの機会に。モナミ、モナミ。
05/12 2006. 追記。
昨日はなかったのですが、今日見るとこの音源、DL可能になってました(リポーターの人がそんなこと言ってましたが)。もちろん、僕は嬉々としてDLしました(^_^)
ああ、iPodが欲しい!持ってないからWinampで聴きますけど(イコライザいじってね)。
このLive Concert Series、DLできるときもあればできないときもあるのですが、なんだろう、フィードバックの多さとか、バンドとの兼ね合いで決まるのかな?なぞーん。

